速報! 在日韓国朝鮮人はいつになったら日本国民に謝罪するのですか? 在日の歴史は密入国の歴史! 

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在日韓国朝鮮人はいつになったら日本国民に謝罪するのですか? 在日の歴史は密入国の歴史!

在日韓国朝鮮人を生み出したのは李承晩と韓国軍でした!
  密航者を保護した日本人が犯罪者扱いされるなんておかしいよね!
  
 なでしこりんです
。日本国内には韓国系の民団に所属する在日韓国人が35万人、北朝鮮系の朝鮮総連に所属する在日朝鮮人が5万人、どちらにも所属していない在日韓国朝鮮人が18万人いると言われています。そしてこの連中の90%が韓国朝鮮人であることを隠し、通名を使って日本人に成りすましているわけです。今日は東京新聞の記事です。東京新聞を名乗っていますが、実は愛知県を中心に読者がいる「中日新聞」の系列の左翼地方新聞です。

       
      「麗水・順天事件」・・・韓国軍による韓国人虐殺は苛烈を極めた!
    
 川崎市にある外国人向けの識字学級で学んだ在日韓国人の八十代女性二人が自分史をまとめた。働きづめだった来日後の生活や家族への思い、字や絵を学ぶ喜びが丁寧につづられている。「いろいろなことがあった。よくいきてきた」。時代に翻弄(ほんろう)されながらも懸命に生きてきたハルモニ(おばあさん)の思いが、手書きのひらがな一字一字にこもる。  
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 二人は、韓国南東部の慶尚南道(キョンサンナムド)出身の徐類順(ソユスン)さん(89)と金芳子(キムパンジャ)さん(84)。現在、市内に住み、日本語はしゃべれるが、貧困や戦争で教育を受けられず、高齢になってから約二十年、外国人を支援する「川崎市ふれあい館」(川崎区)の識字学級で日本語の読み書きを学んだ。読んだり書いたりが多少できるようになり、学級でこれまで書いた作文をそれぞれA4三十~四十ページほどの冊子にまとめた。徐さんは「いい人生だったとは言えない。でも、孫たちに残して、読んでもらいたい」と自分史に込めた思いを語る。    

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 徐さんは幼い頃に父を亡くし、日本で働いていた兄を頼り十四歳で来日。旋盤工場などで働いた。「いろんなしごとをしてべんきょうするひまがありませんでした」と苦労を記した。第二次大戦後に一度帰国したが、朝鮮戦争が勃発。戦火の中、幼い娘を連れて逃げた恐怖を「にんげんがしんでいるのが、どうぶつのようにみえた」と書いた。その後再来日し、七十八歳までビル掃除などをして娘や孫を育てた。そうした人生を「わたしもじだいのいちぶです」とまとめた。

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 金さんは五歳の時、山口県の炭鉱で働いていた父のもとに来た。その後にけがをした父に代わって働いて家計を支え、学校には行けなかった。十六歳で結婚したが夫と死別。焼き肉店などで働きながら三人の子を育てた。自分史で「あさからばんまではたらいてかせぎました。字がかけないからにくたいろうどうばかりしました」と振り返る。息子たちを大学に行かせたかったと悔やみながら、「かんれきのとき、おまえたち三人がおいわいをしてくれてかん国までつれていってくれたことはとてもうれしかった」と素直に思いをつづった。(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20150806/CK2015080602000154.html
  
          

  「金時鐘と四・三事件」 1948年4月3日から韓国・済州島で始まった反体制派虐殺事件。南北分断の固定化につながる南朝鮮の単独選挙を阻止しようと、民衆が武装蜂起し、軍や警察の鎮圧部隊に数万人が殺された。19歳の金時鐘は、武装隊を率いた南朝鮮労働党の一員だった。襲撃先の郵便局では、同志が目の前でカービン銃で撃たれ、自らも追われる身となった。翌年5月、日本行きの密航船に乗り込み、大阪・生野のコリアンタウンに行き着いた。 55年に出した第1詩集『地平線』で焦土と化した故郷を悼んだが、自らの関与には触れていない。「軍事政権下の韓国に強制送還されれば、事件の残党ということでまず命はなかったやろうから」。 在日韓国人が韓国に帰国しない理由がこれ!      

 民団系の在日韓国人にしろ、北朝鮮系の在日朝鮮人にしろ、あの連中は「いたくて日本にいるわけじゃないニダ」ということをことあるごとに言います。要するに、あの連中は、「ウリたちは日本に強制連行された被害者ニダ」と日本人に思わせたいようです。

       
      
              確かに「通名」は便利な制度ですね!

 在日韓国朝鮮人の90%は日本人名を勝手に名乗っています。「金沢」なんて由緒ある日本人名なのに、在日韓国朝鮮人に使われて迷惑している日本人は多いですよね。それすら、「ウリたちは日本人に名前を奪われたニダ」という被害者芝居でごまかそうとします。事実は、戦後に数多く発生した在日犯罪によって「韓国朝鮮名を名乗れない」状況ができただけなんです。あの連中は今でも、「韓国朝鮮名だと差別されるから通名を使うニダ」とまたもや被害者芝居。あの連中は常に被害者芝居をしてないと生きていられないようです!

       
           在日韓国人を生み出したのは李承晩と韓国軍でしょ!

 さて、東京新聞の記事の中にある在日韓国人婆の発言に注目しましょう。徐婆は「日本で働いていた兄を頼り十四歳で来日」。金婆は「五歳の時、山口県の炭鉱で働いていた父のもとに来た」と証言してます。 あれ?強制連行じゃないの? 奴隷労働じゃないの?ww おまけに徐婆は「第二次大戦後に一度帰国したが、朝鮮戦争が勃発。戦火の中、幼い娘を連れて逃げた~その後再来日」。ほらね!「なでしこりん」で何度も取り上げてきた「在日韓国朝鮮人は戦争から逃げた密入国者集団」ということがわかる事実でしょ!

   <朝鮮人による日本密入国は戦時中に始まったものではない> 

・『鮮人内地密航/発見されて説諭』 大阪朝日 1921/7/15 鮮満 〔〕 釜山・朝鮮 【渡航】
・又も帆船で密航した不逞鮮人四名逮捕さる』 大阪朝日 1922/5/20 〔7/4〕 下関・兵庫 【社会】
・『北鮮から密航の怪鮮人/新羅丸の石炭庫に潜伏/労働者には不似合の所持品が不審』 福岡日日 1922/5/21 〔1/2〕 下関・山口 【渡航】
・『鮮人十名密航』 大阪朝日 1922/7/2 夕 〔2/1〕 下関・山口 【社会】
・『鮮人十名の密航者/京畿丸に潜伏』 京城日報 1922/7/4 〔4/8〕 下関・山口 【渡航】
・『ブロ-カ-の手で密航する鮮人が多い/大部分は山口福岡両県に上陸/北九州一帯では特に警戒を厳にして居る』 九州日報 1923/4/17 〔1/5〕 ・福岡・山口 【渡航】
・『密航鮮人発見(遠賀郡芦屋町)』 門司新報 1923/11/7 〔1/5〕 遠賀郡・福岡 【渡航】
・『内地密航と取締』 大阪朝日 1923/12/6 鮮満 〔〕 釜山・朝鮮 【渡航】
・『鮮人の内地密航に警戒の眼が光る/釜山水上署の取締』 京城日報 1923/12/20 〔2/5〕 釜山・朝鮮 【渡航】
・『発動船で密航/鮮人九名発見』 福岡日日 1924/2/21 〔1/2〕 下関・山口 【渡航】
 http://ccce.web.fc2.com/zm.html

 あの連中が日本に密入国しだしたのは何も戦争中の話ではないんです。実際には「日韓併合」が行われた1910年から朝鮮人は日本への密入国を開始してます。日本政府は何度も朝鮮人の入国規制をしていますが、それでもあの連中は密入国し続けたんです。なぜなら「日本のほうがかせげる」から。 それは今も昔も変わっていません。

 在日韓国朝鮮人は「被害者芝居と反日教育」を即座に止めるべきです。在日社会が在日2世、3世、4世に行っている「民族教育」と呼ばれるものが、捏造された虚構に基づいて「日本人憎悪」を扇動しています。在日韓国朝鮮人は強制連行されたのか? 朝鮮半島から逃亡してきた密入国者を保護したのは誰なのか? 在日韓国人1世を保護した日本人を犯罪者扱いすることは日本人の名誉を著しく毀損していることに在日韓国朝鮮人は気づくべきであり、日本国民への誹謗中傷を謝罪すべきでしょう。

        

 在日韓国朝鮮人は「在日1世のルーツ」をたどるべきです。そうすれば、韓国において、在日1世の親類縁者を虐殺したのが誰だかわかるはずです。「北朝鮮は地上の楽園」と宣伝し、在日朝鮮人を北朝鮮に送り返し餓死させたのは誰なのかもはっきりさせるべきです。そうすると、日本共産党と朝鮮総連が在日朝鮮人の処刑に手を貸した犯罪者組織ということも見えてくるはずです。手遅れにならないうちに在日韓国朝鮮人は日本国民に公式に謝罪すべきです。 日本国民はもう「在日の被害者芝居」にはだまされませんから! By なでしこりん

  • 2015 08.09
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