速報! 日韓条約に激怒する韓国人記者が『悪辣な掌返し』を無自覚に自白した模様。強くなったら平然と恩を仇で返す

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日韓条約に激怒する韓国人記者が『悪辣な掌返し』を無自覚に自白した模様。強くなったら平然と恩を仇で返す

1:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2017/04/07(金) 22:29:09.84 ID:CAP_USER.net

「日本を兄として仕えます。」

5・16クーデター直後の1961年11月12日。当時の朴正煕(パク・チョンヒ)国家再建会議長は岸信介をはじめとする日本の高位政治家らと会って、頭を丁寧に下げてこう言ったといいます。

このエピソードは彼を低評価するための記録ではありませんでした。65年、韓日国交正常化の主役であるイ・ドンウォン元外務部長官は当時、この出会いが消えかかっていた韓日会談に再び燃料を投じて火をつける契機になったと回顧しました。

軍事政変の正当性を獲得するためにも「経済」を生かす必要があった大統領。

無償で受けとった、わずか3億ドルで慰安婦、被爆者、サハリン徴用者など無力な被害者たちは後回しにされました。最も致命的だったのは「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」という韓日請求権協定第2条でした。

「完全かつ最終的に…」

1965年に投げられたこの言葉は今の時代を生きる人々にとって決して見慣れぬ言葉ではありません。

「最終的かつ不可逆的に…」

50年過ぎた2015年、私たちはその父の後継者を自任する大統領の時代に同じ言葉を再び強要されなければなりませんでしたよ。

「日本を兄として仕えます。」

私たちはまだその時代に生きているのでしょうか。誤った歴史の結び目は長い時間、傷を残します。だからでしょうか…85日ぶりに戻った日本大使はたまった借金でも受け取るというように、大統領権限代行に会って談判をする威勢をふるいました。

そして日本大使が帰ってきたその日、この春に逝ったもう一人の少女。

椿ハルモニ。実直さとたおやきあさから「椿」と呼ばれた九十九才の少女が亡くなりました。彼女の最後の行く道が孤独でなかったことは、葬儀室をいっぱいに埋めた少女たちの見送りのせい…。

いわゆる「バラの大統領選挙」で勝てば、桜の遊説真っ最中ですが、誰かが勝ったらその誰かには日本は兄ではないのでしょうか…。

今日(6日)のアンカーブリーフィングでした。

ソース:JTBCニュース(韓国語) [アンカーブリーフィング]不慣れではない…「日本をお兄さんにむかえます「
http://news.jtbc.joins.com/article/article.aspx?news_id=NB11450494

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  • 2017 04.08
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